東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12618号 判決
原告 武藤惺
被告 国
代理人 三代川俊一郎 石原秀 ほか一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金六億五七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載の硬玉(ヒスイの原石。以下「本件岩石」という。)を所有していた。
2 昭和四三年八月二一日、債権者を岩佐チエコ、債務者を原告とする新潟地方裁判所糸魚川支部昭和四三年(ヨ)第八号採石禁止等仮処分事件の仮処分決定の執行として、原告方にあるコンクリートブロック造倉庫内に原告が所持していた本件岩石を含む合計約一・八トンの岩石の占有が、同裁判所高田支部執行官遠藤原二郎(以下「遠藤執行官」という。)に移された。
3 昭和六二年三月三一日になって、右仮処分の執行が解かれ、原告は、遠藤執行官の後任者の池田晴吉執行官から、右岩石の引渡しを受けた。
4 ところが、引き渡された岩石は合計九五六キログラム分しかなく、仮処分期間中に本件岩石が紛失してしまっていた。
5 本件岩石の紛失は、次のとおり、遠藤執行官の過失によって生じたものである。
(一) 遠藤執行官は、当初岩石を渡辺義雄所有の土蔵(新潟県西頚城郡青海町大字橋立五二九番地所在。以下「第一保管場所」という。)に保管していたが、その後昭和四五年六月ころになって、保管人である渡辺梅治(以下「保管人渡辺」という。)所有の木造倉庫(新潟県西頚城郡青海町大字橋立字清水倉四三一六番地所在。以下「第二保管場所」という。)にその保管場所を移した。ところが、この保管換えに際して作成された保管目録によると、当初の仮処分執行時に作成された物件目録と比べると、保管物件の個数や荷姿が変わっているのに、その対応関係がはっきりせず、木箱入りのものが二箱、缶入りのものが四缶なくなっており、この点のみからしても遠藤執行官の保管方法が杜撰であることは明らかである。なお、右保管目録に記載された梱包の中には、原告において一包みとするはずのない一〇〇キログラムを越える重量の包みが存在するかのような記載があり、このことも、同執行官の保管物評価の杜撰さを物語るものである。また、この保管換えに際しては、原告に対して立会いの機会を保障することをしないばかりか、原告と対立する立場の者が補助者となって作業が行われていることからすると、右保管換えの作業の際に本件岩石が紛失したという可能性があり、そうであれば、それは同執行官の管理の手落ちによるものというべきである。
(二) 更に、第二保管場所の倉庫は、第一保管場所の土蔵より防犯、防災上はるかに危険な場所であった。すなわち、第二保管場所は、有り合わせの板を集めて作った木造の小屋に過ぎず、周囲に人家のない沢の傾斜面の木の生い茂った場所にあった。これを、周囲には人家があり、入口も二重扉になっている第一保管場所の土蔵に比べると、窃盗被害等に対する安全性の点で、はるかに危険性の高い場所であったことは明らかである。
(三) また、保管人渡辺は、右仮処分に係る岩佐と原告との間での係争事件で原告とは対立する立場にあるグループと関わりのある人物であって、公正な立場で遠藤執行官の職務を補助することが期待できないともいえるような人物であった。
(四) 以上の事実からすると、遠藤執行官には、仮処分対象物件の管理、保管場所の選定、保管人の選定、保管人に対する監督等の点で、善良な管理者としての注意義務に違反するところがあったものというべきである。
(五) なお、本件岩石が紛失した時期を特定することはできないが、第二保管場所に保管換えした時から、昭和四九年一一月ころの盗難事故発覚までの間に紛失したものと思われる。
この点、被告は、本件岩石の紛失が、右盗難事故によるものであると主張する。仮にそうだとすれば、遠藤執行官は、本件岩石が十分価値あるものであることを知っていたのであるから、同人には盗難を事前に防止する措置をとるべき注意義務があるというべきなのに、これを怠ったという過失がある。
6 紛失した本件岩石の価格は、次のとおり合計六億五七〇〇万円に相当する。
(一) スライスした硬玉(約三〇〇キログラム キロ当たり一〇万円以上) 三〇〇〇万円
(二) カットした硬玉(工芸品用約三万六〇〇〇個 合計七二〇〇万円以上、指輪、ペンダント用約二万四〇〇〇個 合計二億四〇〇〇万円以上) 三億一二〇〇万円
(三) カボーション(荒摺り)した硬玉(約一〇万五〇〇〇個) 三億一五〇〇万円
7 よって、原告は、遠藤執行官を公務員として雇用していた被告に対し、国家賠償法一条一項による損害賠償として、六億五七〇〇万円及びこれに対する本件岩石の返還を受けられなかった日の翌日である昭和六二年四月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の事実中、遠藤執行官が昭和四三年八月二一日に原告主張の仮処分決定の執行をしたことは認めるが、執行対象物件の数量は否認する(なお、右同日、右物件とは別に、原告の岩石採掘工事現場にある岩石についても、右仮処分決定に基づく執行が行われた。)。
右仮処分執行時に作成された調書では、執行の対象となった岩石の数量が「約一八〇〇キログラム位」と記載されている。しかし、遠藤執行官は、この時点では、現実にはその計量を行っておらず、この数量の記載は、仮処分当事者の申立て等に基づいてなされた概略のものに過ぎない。後に昭和四五年六月五日に行われた保管換えの際の計量の結果からすれば、執行の対象となった岩石の数量は、合計一四四八・五キログラムであったものと考えられる。
3 同3の事実及び同4の事実中原告に引き渡された岩石が九五六キログラム分しかなかったことは認める。仮処分期間中に紛失した岩石の数量は、前記の仮処分執行時の数量である一四四八・五キログラムから前記保管換えの際に執行の取消がされた二四・四キログラムを控除した一四二四・一キログラムと原告に引き渡された九五六キログラムの差の四六八・一キログラムであり、これは、後記5のとおり、保管中の倉庫から何者かによって盗み出されたものである。
4 同5の事実中、遠藤執行官が昭和四五年六月ころ本件岩石の保管場所を第一保管場所から第二保管場所に移したこと、保管換時作成の保管目録の記載による岩石の梱包の個数、荷姿等が仮処分執行時のそれと変わってきていることは認める。
遠藤執行官は、昭和四五年六月五日、被告の申請に基づき、鑑定資料として必要な岩石一三点(二四・四キログラム)について執行取消を行うとともに、当初の仮処分決定中で裁判所が保管を命ずることを認めていた保管人渡辺の所有していた倉庫である第二保管場所への保管換えを行ったものである。その際、遠藤執行官は、保管物の点検を行い、異常のないことを確認した上、その数量を計量し、これを南京袋、木箱、缶に新たに梱包し直している。梱包の個数や荷姿等の記載が当初のそれと変わってきているのは、そのためである。
また、第二保管場所は、木造の倉庫ではあるが、その構造等の面で、第一保管場所に比べて遜色のないものであった。遠藤執行官は、この第二保管場所の倉庫の入口に封印をした上、施錠し、その鍵は自己と保管人渡辺において保持することとしていた。その他、遠藤執行官は、しばしばこの第二保管場所に赴き、外部から異常のないことを確認し、また、保管人渡辺からも随時保管状況の報告を求めるなどしていた。
また、遠藤執行官が、第一保管場所からの保管換えを行い、その場所として第二保管場所を選定したことは、保管の必要性に迫られ、かつ、他に適当な保管場所が存在しなかったことによるものであって、右行為に過失があるということもできない。
このように、遠藤執行官には、その職務の執行について、何ら善良な管理者としての注意に欠けるところはなかったのであり、本件岩石の保管方法等に過失があった旨の主張は争う。
なお、本件岩石の紛失は、盗難によって生じたものである。すなわち、昭和四九年一一月九日、保管人渡辺が、第二保管場所の倉庫の戸口の封印が破棄されていることを発見し、連絡を受けた遠藤執行官が、同月一二日に点検を行ったところ、袋入り四個、木箱入り五個、缶入り三個の岩石が盗難にかかっていることが判明したのである。
5 同6の事実は否認し、主張は争う。仮処分の執行時には、原告及び岩佐チエコは、遠藤執行官に対して、執行の対象となった岩石の価格を二〇〇万円程度であると陳述しており、また、この仮処分の決定でも、保証金額が三〇万円と定められている。これらの事実からすれば、本件岩石の価格が数億円にも達するものとは到底考えられない。
三 抗弁
仮に、本件岩石の紛失が遠藤執行官の何らかの過失によって生じたものとしても、これを理由とする原告の損害賠償請求権は、次のとおり、既に時効によって消滅している。
すなわち、前記のとおり盗難によって本件岩石の一部が紛失し、原告の所有権が害されたとの事実は、遠藤執行官から原告に対し、昭和四九年一一月一三日付けの書面によって通知されており、この書面は、遅くとも同年一一月一五日ころまでには原告に到達している。そうすると、原告は、右の時点で、損害及び加害者を知ったものというべきであるから、国家賠償法四条、民法七二四条により、昭和五二年一一月一五日の経過により、原告の損害賠償請求権は、時効によって消滅したことになる。
被告は、原告に対し、平成元年四月二〇日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
遠藤執行官から原告に対し、盗難の事実が被告主張の日時ころに通知されたことは認める。
本件岩石の所有権の帰属については、原告と岩佐チエコの間で争いがあり、その所有権の帰属が確定したのは、東京高等裁判所で原告と岩佐チエコの承継人との間に和解が成立した昭和六二年三月二日である。したがって、盗難の事実が原告に通知されただけでは、原告が損害及び加害者を知ったことにはならない。本件岩石の返還が不能であることが確定し、原告の損害が判明したのは、執行官から残余の岩石の返還を受けた昭和六三年三月三一日の時点になってからである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載のとおりである。
理由
一 仮処分の執行の対象となった岩石の数量について
<証拠略>によってその所有権が原告に帰属していたものと認められる岩石について、昭和四三年八月二一日、請求原因2記載の仮処分が執行され、その占有が遠藤執行官に移されたことについては、当事者間に争いがない。ところが、この仮処分執行の対象となった岩石の数量について争いがあるので、まず、この点について考える。
1 <証拠略>によれば、遠藤執行官の作成した右仮処分の執行調書には、執行の対象となった岩石の数量が、「計約一八〇〇キログラム位」と記載されていることが認められ、原告は、その本人尋問において、この数量は、原告宅にあった秤で現実に計量を行った結果に基づいて算定されたものであると供述している。
しかし、<証拠略>によれば、右仮処分の執行時においては、遠藤執行官は対象物件の計量を行っておらず、執行調書記載の数量は、その場に立ち会った関係当事者である原告や岩佐チエコが一致して陳述した数量をそのまま概数として記載したものであることが認められる。後述のとおり、遠藤執行官は、右物件の保管換えに際しては各梱包ごとに一〇〇グラム単位で計量結果を出しているのに対し、右調書記載の数量が「約一八〇〇キログラム位」となっており、各梱包ごとの重量の内訳が記載されていないことも、右の仮処分執行時には計量をしていなかったことを裏付けているものと考えられる。従って、右認定に反する原告の前記供述は採用できず、また仮処分執行調書の前記記載から直ちに執行の対象となった岩石の数量が一八〇〇キログラムであったものと認めることは困難である。
2 他方、<証拠略>によれば、昭和四五年六月五日に行われた点検及び保管換えの際には、遠藤執行官は保管中の岩石の計量を各梱包ごとに行っており、その結果によれば、その数量は一四四八・五キログラムであり、そのうち二四・四キログラムについては、点検及び保管換えに先立って、本件仮処分事件の本案訴訟における鑑定資料とするために、執行の取消が行われたことが認められる。そうすると、仮処分の執行の対象となった岩石の数量は、他に特段の事情が認められない限り、当初からこの一四四八・五キログラムであったと認めるのが相当である。
3 もっとも、この<証拠略>(点検並びに保管換調書)の物件目録の記載<証拠略>(仮処分執行調書)の物件目録の記載を対比すると、仮処分執行時には、袋入りのものが二〇個、缶入りのものが七個、木箱入りのものが七個あったものが、保管換時には、袋入りのものが二七個、缶入りのものが三個、木箱入りのものが五個になっているなど、その梱包の個数や荷姿が変わってきているが、<証拠略>によれば、右の変化は、前記のとおり執行の一部が取り消された後、保管換えを行う際に、仮処分にかかる岩石の梱包のし直しを行ったことによるものであることが認められ、またそれまでの間に盗難にあったような形跡も認められなかったというのであるから、右のような個数や荷姿の変動は、直ちに前記認定を左右するものではない。
そして、他にこの執行の対象となった岩石の数量が、右の認定を越えて原告の主張するように一八〇〇キログラムであったことを認めるに足りる証拠はない。
二 岩石の一部が紛失した理由について
昭和六二年三月三一日に仮処分の執行が解かれた結果、原告が引渡しを受けた岩石の数量が九五六キログラム分しかなかったことについては、当事者間に争いがない。そうすると、執行開始時の一四四八・五キログラムから前記のとおり執行取消のされた二四・四キログラムを控除した一四二四・一キログラムとこの九五六キログラムとの差に当たる四六八・一キログラムが、仮処分期間中に紛失していることとなるので、この紛失の原因について考える。
1 この点については、<証拠略>によれば、昭和四九年一一月九日、保管人渡辺が第二保管場所の倉庫の扉の封印が破棄されていることを発見し、連絡を受けた遠藤執行官が同月一二日に点検を行ったところ、扉の鍵はかかっていたものの、封印が破棄されており、何者かが鍵を開けて、保管中の岩石のうち袋入りのもの四個、缶入りのもの三個、木箱入りのもの五個を密かに盗み出していたことが判明したことが認められる。
2 原告は、右の盗難の機会以外にも本件岩石の一部が紛失した可能性があるかのような主張及び供述をしている。
しかし、昭和四五年六月五日の保管換えの時までに本件岩石が盗難にあったような形跡の認められないことは、前記一3のとおりであり、また保管換え後、右盗難までに紛失したことを認めるに足りる証拠はなく、さらに、<証拠略>によれば、遠藤執行官は、右の盗難のあった直後の昭和四九年一一月二九日、残りの岩石を計量した上で、これを倉庫会社の倉庫に保管換えする手続をとっているが、その計量の結果によると、残りの岩石の数量は九五六キログラムであって、後に仮処分の執行が解かれた際原告に引き渡された岩石の数量と一致していることが認められるので、右盗難後に紛失した事実は認められない。
3 結局、仮処分期間中に紛失した右四八六・一キログラムの岩石は、全て右昭和四九年一一月九日ころの盗難事故によって紛失したものとせざるを得ない。
三 遠藤執行官の過失の有無について
そこで、右の岩石の紛失が、遠藤執行官の過失によって生じたものといえるか否かについて考える。この点は、前記のとおり、岩石の紛失が昭和四九年一一月九日ころの盗難事故によって生じたものと考えられる以上、原告主張の、その他の時点における紛失を想定した本件岩石の保管・管理の方法の杜撰さに関する遠藤執行官の過失は、右の盗難事故という結果との間に因果関係があるものとは認められないこととなるから、専ら、右の盗難事故が遠藤執行官の過失によって生じたものといえるか否かという観点から、これを考えれば足りることとなる。
1 まず、原告は、遠藤執行官が第二保管場所を本件岩石の保管場所に選んだことに過失があったと主張するので、これについて検討する。
第二保管場所が木造の倉庫であることについては、当事者間に争いがなく、<証拠略>(<証拠略>によれば第一保管場所を撮影したもの)、<証拠略>(<証拠略>によれば第二保管場所を撮影したもの)、<証拠略>によれば、第二保管場所の倉庫は、相当旧い建物であり、しかも人家とやや離れた沢の傾斜面付近にあって、保管人渡辺の自宅からの見通しも必ずしも良くなく、人家の近くの土蔵である第一保管場所に比べると、窃盗被害に対する安全性の面では、劣る面のある建物であり、このことは、遠藤執行官及び保管人渡辺の方でも認識していたことが認められる。
しかし、<証拠略>によれば、遠藤執行官が第一保管場所からの保管換えを行い、また第二保管場所を本件岩石の保管場所に選んだ経緯は、第一保管場所の所有者の渡辺義雄からその明渡しを求められ、他に場所を探してみたが適当な場所を見つけることができなかったところ、債権者岩佐側から、保管人渡辺の倉庫を提供するとの話があったので、それに従うこととしたというものであり、また、保管人渡辺は、仮処分決定の上で裁判所が保管人に指定していた人物であること、当時は、第二保管場所の倉庫は、壁板が二重になっており、また保管換えに先立って補修を行う等したので、通常の物品の保管を目的とする倉庫として、それ自体としては安全性の点でとくに問題はない建物であったことが認められる。しかも、前掲の<証拠略>によれば、仮処分決定に当たって定められた保証金の額も三〇万円という低額であり、また、原告は、遠藤執行官に対して、右仮処分の当初の執行の際、本件岩石の価格を二〇〇万円程度のものであると申告していることが認められるのであって、遠藤執行官としては、本件岩石が原告の主張のように何億円もする高価なものであって、その保管場所として、宝石類等を保管する場合のような特別に安全な場所を選定する必要があるとの認識を持つべくもなかったことがうかがえる。更に、本件の盗難は、前記二1のとおり、倉庫の壁板等を破られたというものではなく、何らかの方法で鍵を開け、封印を破棄して扉から侵入するという手口によって行われたものであって、保管建造物の物理的構造の程度には直接関わりのない態様のものであったことが認められるのである。
もっとも、<証拠略>によれば、本件仮処分執行後、原告と仮処分債権者岩佐チエコとの間には、同時に仮処分を執行された原告の岩石採掘工事現場に保管中の岩石をめぐって、その一部が無くなったのではないかなどのトラブルがあり、そのため、原告は、自己の費用で監視人を置いていたことがあり、遠藤執行官に対しても、昭和四四年五月一五日ころ、文書をもって、右岩石の保管方法について再考されたい旨の要望を述べるとともに、第一保管場所に保管中の岩石についても厳重な看守を願う旨の上申を行っていたことが認められる。しかし、右のような上申を受けた遠藤執行官が、債権者岩佐チエコの意見を聞いたところ、同人は、保管物の価格に照らすと、保管費用がかさむことになるような保管換えを行う必要はなく、むしろ換価処分を行うべきであるとの意見であり、保管場所を変更することには反対の意向を示し、そのため、遠藤執行官は、むしろ、換価の方法によるべきことを仮処分当事者に勧めていたが、これについても当事者双方の同意が得られるには至らなかったことが認められるのである。
そうすると、盗難事故の発生した昭和四九年一一月当時、遠藤執行官が、このような当事者の意向を排してまで、本件岩石を本格的な倉庫等に保管換えし、あるいはこれができないときには換価するなどして保管物の盗難等に一層備えなければならないような切迫した危険に直面していたとすべき事情もうかがわれない本件においては、遠藤執行官が右のような措置をとらなかったからといって、それが直ちに同執行官の職務上の過失に当たるものとは考えられない。
これらの事実からすれば、本件盗難事故が、保管換えを行うこと自体又は保管場所の選定上の誤りという遠藤執行官の過失によって発生したとすることは、困難なものというべきである。
2 また、原告は、保管人渡辺が原告とは対立するグループに関わりのある人物であり、このような人物に本件岩石の保管を命じたこと自体で、遠藤執行官には過失があったこととなるとも主張する。しかし、本件岩石を盗み出した人物が何者であるかについては、これを明らかにする証拠がなく、いわんや、その犯人が保管人渡辺と何らかの関わりを有する人物であったことをうかがわせるに足りる証拠もない。そうだとすると、本件盗難事故が、保管人の選定の誤りという遠藤執行官の過失によって発生したとすることも、困難なものといわざるを得ない。
3 その他、<証拠略>によれば、本件岩石が第二保管場所に保管されている間、遠藤執行官は、昭和四七年五月と昭和四八年五月には点検を行って、その状況を調書に作成し、その他にも、随時保管場所を見回ったり、保管人渡辺から保管状況を聞いたりしており、また、保管人渡辺の方でも、倉庫の扉の数箇所に自製の封印代わりの紙を貼付し、毎日のように見回りを行っていたことが認められるのであって、その間、遠藤執行官に、本件岩石を保管するについて、その職務上要求される注意義務に違反する点があったことを認めるに足りる証拠はない。
4 結局、前記岩石の紛失が遠藤執行官の過失によって発生したとの点については、これを認めるに足りる証拠がないこととなる。
四 結語
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないこととなる。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 涌井紀夫 佐藤陽一 谷口豊)
物件目録
一 スライスした硬玉(南京袋入りのもの四袋) 合計約三〇〇キログラム
二 カットした硬玉(木箱入りのもの七箱) 合計約三四〇キログラム
三 カボーションした硬玉(缶入りのもの七缶) 合計約二一〇キログラム
(総計約八五〇キログラム)